読んでもらう工夫 第5章
第4章では、体言止めや指示語を使って文字数を節約したり、約物でポイントを強調したり。いずれも文章表現には使い勝手のいいテクニックをご紹介しました。しかし同時に、用法用量を守らなければ、どんな薬も毒となって読み味を下げ、読み手を完読から遠ざけてしまうでしょう。
最終章にあたるこの第5章では、現場向けの表面的なテクニックと、さまざまな種類の文章に対応する力について紹介していきます。
- 1. 具体的なエピソードを書く
- 2. 主観の押し付けは読者を白けさせる
- 3. 人物名で始めると目を率いやすい
- 4. あえて閉じた言葉で読者との距離を縮める
- 5. 名詞と呼応する動詞を選ぶとこなれ感が出る
- 6. 数字を入れると具体性が増す
- 7. タイトルは切り口の提示から
- 8. 記事単位の重複に注意する
- 9. インタビューの基本は「同意」と「深掘り」
- 10. 感想文やレビューを書くには
- 11. 長い文章を書くには
- 12. 企画書を書くには
- 13. レイアウトの考え方
- 14. すべてのルールは絶対ではない
1. 具体的なエピソードを書く
同じネタで複数の記事が出ると、どうしても価値が薄まってしまいます。そんな中でもポテンシャルを持った記事は、ライブや会場のレポート、現場取材もの、インタビューや独自コメントといった、そこでしか読めない文章です。固有でオンリーワンな存在ことが、強く読者を引きつけ、メディアそのものの強度を上げます。
独自性はそこで具体的に起きた事実やエピソードにこそ宿り、見たり聞いたりしたありのままを書けば、なにより強いオリジナリティが獲得できるのです。
客観性を呼び込むために役立つのが、セリフや会話の引用です。事実の積み重ねが、臨場感を生み、それがそのまま読者の興味を引く、オリジナルな文章になっているのです。
2. 主観の押し付けは読者を白けさせる
〈例〉
△ ライブ当日は、待ちに待った彼らのデビュー30周年記念日。なんと約9年ぶりの日本武道館公演となったこの日、全国から1万1000人ものファンが集結し、バンドの❝30歳❞を祝った。前田亘輝(Vo)は「今日がTUBEの30歳のバースデーになります!」と感動的な挨拶を披露。ファンは感激の渦に包まれた。
書き手が盛り上がれば盛り上がるほど、読者を白けさせてしまいます。感動的な出来事は、客観的な状況を丁寧に描写するだけで伝わります。自分の感動を表現するのではなく、読者が感動を読み取れるように書くべきです。
〈例〉
〇 ライブ当日は彼らのデビュー30周年記念日。約9年ぶりの日本武道館公演となったこの日は全国から1万1000人のファンが集結し、バンドの❝30歳❞を祝った。前田亘輝(Vo)は「今日がTUBEの30歳のバースデーになります!」と挨拶し、ファンから大きな拍手を浴びた。
過剰な表現を取り除き、事実を淡々と記述しました。「ファンから大きな拍手を浴びた」は客観的事実ですが、ファンの感激を結果的に伝えています。「主観ではなく客観」「思いではなく事実」をモットーに記事を書きましょう。
3. 人物名で始めると目を率いやすい
文章のタイトルや書き出しは、人物名にすると目を引きやすい傾向があります。同じ固有名詞でも、ヒト、コト、モノの順に注目される度合いが高まります。
タイトル付けはセンスの部分が大きいため、方法論として確立するのはなかなか難しいです。それでも読者の目を引くひとつのテクニックとして、「人物名始まりはキャッチー」と覚えておいて損はないです。
4. あえて閉じた言葉で読者との距離を縮める
第4章6項で、業界用語や仲間内の符丁など「閉じた言葉」は極力使わず、使う場合は説明を添えるできだとお伝えしました。ここでは上級者向けにまったく逆のテクニックをお伝えします。
特にカルチャー系のコンテンツの場合、「閉じた言葉」は、あえて使うことで特定の読者との距離感をピンポイントで縮める、親密さを醸成させるツールになってくれます。アニメやマンガならセリフ、音楽なら歌詞というように、ファンだけがわかる引用をすると、特定の読者と強い関係性を築けます。
だだし使用する場合は、媒体と読者の属性をよくよく見極め、滑った強がりな表現にならないよう、最新の注意を払ってください。
5. 名詞と呼応する動詞を選ぶとこなれ感が出る
名詞と動詞にはお互いを求め合うものが数多くあり、こういった限定的な関係性のことを「呼応する」と呼びます。汎用性の高い言葉に用いるより「呼応する」言葉を用いたほうが、こなれた表現になる傾向があります。
◆呼応するの例
軽口を「たたく」
恋に「落ちる」
コーヒーや紅茶を「淹れる」
抹茶を「点てる」
洗濯機を「回す」
将棋を「指す」
呼応の反対、もっとも汎用性の高い動詞が「(と)なる」です。あらゆる述語が「となる」「となった」で書けてしまいます。
〈例〉
✕ 高橋留美子の短編集「鏡が来た 高橋留美子短編集」が7月17日に発売となる。収録されているこは、ビックコミックや週刊少年サンデー(ともに小学館)に掲載された短編6作品となる。カラーページは雑誌掲載時のものの再現となった。
〇 高橋留美子の短編集「鏡が来た 高橋留美子短編集」が7月17日に発売された。ビックコミックや週刊少年サンデー(ともに小学館)に掲載された短編6作品を収録。カラーページは雑誌掲載時のもが再現されている。
「となる」を多用すると、あいまいな読み味になってしまいます。それぞれを適切な固有の動詞に置き換えることで、より文脈がタイトに伝わります。
6. 数字を入れると具体性が増す
日付、年代、時間、数量、大きさ、個数、価格など、数字で表現できる箇所は、できるだけ具体的な数字を入れたほうが訴求力のある文章になります。
〈例〉
△ 彼にとって久しぶりの野外ライブとなる。
〇 彼にとって20年ぶりの野外ライブとなる。
7. タイトルは切り口の提示から
タイトルは文章のテーマや切り口を端的に提示するものですから、第1章でいう「テーマと主内容」がそのままタイトルの素案になるでしょう。
〈素案〉
小山宙哉が真心ブラザーズと「宇宙兄弟」をテーマに話す、たった50人のプレミアムなイベント
状況に応じて「集中」か「拡散」、真逆の考え方のどちらかを選択します。
〈集中〉
小山宙哉が「宇宙兄弟」新刊発売記念でプラネタリウムでトークイベント
〈拡散〉
「宇宙兄弟」小山宙哉と真心が50人限定トークイベント王子にて
「集中」の例はマンガ家「小山宙哉」のことにフォーカスを当て、ミュージシャン「真心ブラザーズ」とイベントの概要についてはばっさりと捨てました。マンガ家に関心がある層は、強く響きます。
一方「拡散」の例は、ラーメンでいえば全部乗せです。要素ひとつひとつの魅力や情報量は減少しますが、広い層にアピールできる可能性があります。
・限られた文字数に注目要素を盛り込む
表面的なテクニックとして「人物名始まり」や「閉じた言葉」、具体的な数字など、注目されやすい要素を盛り込むことが有効です。限られた文字数の中でアピールするという意味では、体言止めはもちろん、「助詞終わり」の手法もよく使われます。
・見出しも約物に頼りすぎない
タイトルにおいては、約物の使用ルールを緩め、かぎかっこやダブルコーテーションの使用について、ある程度は許容しています。最近ではいくらかっ減りましたが、文末にエクストラメーションを使った強調は禁止にしています。強調したい部分をもっとも容易に協調したつもりになれる魔法の記号です。
8. 記事単位の重複に注意する
定番の構成パターンとして「大事な話題から言う」を提示しましたが、マンネリは禁物です。気付くと固有名詞が入れ替わっただけの、テンプレート化した記事を量産してしまうことになります。
例文のようなテンプレート記事ばかり書いていると、すぐに気付かれてしまいます。手癖でやっつけず、どこかしら変化を付けていく気概を持ちたいですね。
・ちょっとの工夫を続けることが上達の近道
文章を書くことがほんとうに繰り返しの作業になると、読み手に飽きられる以上に、書き手としてどんどん苦痛になってくるでしょう。毎回ちょっとだけの工夫、ほんの少しの変化を織り込んでいくことが、長く書き続けるコツです。
9. インタビューの基本は「同意」と「深掘り」
インタビューで大事なことは「同意」と「深掘り」たった2つだけです。私が考える理想のインタビューは、インタビュアーが「すごいですね」と「それってどういうことですか?」の2つしか言わない状態です。
「すごいですね」は「なるほど」でも「ははあ」でもいいのですが、同意の表明です。インタビューに前向きの推進力を与え、相手に次の言葉をしゃべってもらう呼び水として機能します。
「それってどういうことですか?」は深掘り、つまりある話題についてもっと詳しく具体的に教えてほしいという意思の表明です。
インタビューはこちらの意見をぶつける場でも、言ってほしいことを言わせる場でも、相手が隠していることを暴く場でもありません。相手の話したいことを、より豊かに聞き出すことが本質です。
・予想外の答えにこそ「おいしい」内容が現れる
事前にストーリーや質問事項を想定しておくことは大事な必須のプロセスです。想定問答と異なった答えが返ってきたときは、「やった」「おいしい」と思ってください。決め込んだストーリーが想定外の話題で壊されたら、そのインタビューはたいてい成功します。
インタビュー記事だけではありません。書きたい内容を揃える、広い意味での取材をするためには、インタビューの精神は有効です。
10. 感想文やレビューを書くには
感想文やレビューのような主観的意見を述べる文章でも、材料を集めて、テーマを立てて、主内容を固めるプロセスは一緒です。いちばんの違いは、自分を取材対象にすること。取材おマイクを自分に向けて、自分が感じたことを収集していくわけです。ここで有用なのが、前項で紹介した「同意」と「深掘り」の質問法です。
具体的には取材メモと同様に感想メモを用意し、まずは思ったことを書きます。ここで繰り出すべきは自分への「同意」。感想の質や一貫性などは気にしません。
次いで項目ごとに「それってどういうこと?」という自分ツッコミを入れていきます。自分ツッコミの結果、主観的な感想に根拠が与えられ、話題がどんどん深まっていきます。
「ここでしか読めない」文章の独自性がひとつの武器となってくれます。したがって感想文やレビューのような文章では、客観的事実より前面に主観的意見を配置し、それを事実で補強していくような順番が望ましいでしょう。
11. 長い文章を書くには
第1章では構造シートを使って文章を書く方法について解説しましたが、これは基本的に500~1,500文字程度の記事を書くことを想定した手法です。長い文章はいくつかの章に分割して、章ごとに構造シートを作ります。全体を設計するための「構造シートの構造シート」と呼んでもいいでしょう。
◆章単位の構造シート
テーマ:ceroがダブルアンコールで見せたサービス精神
1.ハイライト B
2.場面Aについて B
3.場面Bについて B
4.アンコールについて A
5.結び C
◆章ごとの構造シート
アンコールについて
1.本編終了後の演出 B
2.アンコール1 B
3.まさかのダブルアンコール B
4.繰り返されるアプローズ A
ベテランであれば小単位の構造シートだけで書き進めることもできますが、それでも1万字を超えてくると流れをつかみながら細部を組み立てるのが困難になってきます。
数万字レベルの長文を書くときは、おっくうがらずに2重の構造シートを用意しましょう。
12. 企画書を書くには
構造シートで文章をロジカルに書く方法は、ビジネス的な文書にも適用できます。
企画書もまず材料を集め、テーマを決めて、主内容を決めていきます。
●「企画概要」
企画書こそ「大事な話題から言う」べきです。冒頭で企画の内容をかいつまんで見せてしまいます。「アウトライン」と題することも多いでしょう。
●「企画意図」
企画書では概要の直後にテーマを配置するのがコツです。文章と同じく、全体のパーツひとつずつが、ここで書かれた意図に沿い、奉仕するように設計します。
●「企画内容」
本文にあたります。提案する企画によって項目は変わってきますあ、5W1Hの法則を思い出すとスムーズに項目が浮かぶはずです。5W1Hに加えてもうひとつのH、「How much(くらかかるのか)」を必ず記すようにしましょう。なおWhyは「企画意図」に相当します。
・Word派かPowerPoint派かに合わせて書く
世間の企画書作成は、WordまたはPowerPointの二大勢力に引き裂かれます。表現の仕方は違っても、構造シートの使った考え方、組み立て方はどちらも一緒です。
分野 / 紙面 / 内容 / 長さ
【Word派】出版系 / タテ位置 / テキスト中心 / 短いほど良い
【PowerPoint派】広告系 / ヨコ位置 / イメージ中心 / 長いほど良い
・構造的記述をマスターすると仕事もうまくなる
文章力が向上すると、仕事そのものメキメキできるようになってくる現象があります。文章を書くにあたってのテーマ、主内容による構造的記述をマスターすれば、そのプラモデル化の方法論をさまざまな場面に適用することができます。
13. レイアウトの考え方
レイアウトを組むにあたっては、要素だけを大まかに示した「ラフ」と呼ばれれる指示書を作ることが一般的です。ラフを書く際、文章を書くときのメソッドが適用できるので、「いきなりラフを引かない」ということをお伝えします。
いきなりラフを引き始めると、大変難易度あ高い作業で職人技といってもいいでしょう。つまり、ラフを引く前に構造シートを作ればいいのです。まずページのテーマを書き、それに準じて必要な要素、すなわち図版とキャプション、大見出し、リード、本文などをリストアップしていきます。そののち大中小の重要度を付けます。この状態を「要素ラフ」と呼んでいます。
◆要素ラフ
図版A+キャプション
図版B+キャプション
図版C+キャプション
大見出し(23文字)
リード(120文字)
本文(600文字)+小見出し
14. すべてのルールは絶対ではない
確固たる狙い、意図を織り込んでルールを超えていく意志があるとき、私は基本的にそれをすべて認めようと思っています。
あるインタビューで「~とかしてしまったりしたことがあるのですが。」という文末の意図として、こういう持って回った言い方をするマンガ家だから、どうしてもその口調を伝えたい、と。そういうことなら仕方ありません。
読者を完読に連れていけるように、基本ルールを身に付けながら、常に新しい表現を模索し、柔軟にルールを使いこなせるようになってください。